幅広い世代に愛されているチェッカーズ藤井フミヤさんが、お昼のテレビ番組「笑っていいとも!」の中で
「島がとても好き、訪れたい島ベスト3と言えば第3位は屋久島、第2位はイースター島、そして第1位は瀬戸内海に
浮かぶ粟島」
との内容のお話をしてくれたのです。—–三豊市のHPより

この島はかつて3000人を超す島民の人達によって漁業を中心に栄えてきた歴史を持つ。現在は60歳以上の人達
300人の島である。この変遷は人々がその時々を生きた歴史であり、後に移り住んだ人達、今移り住んできた人達と
共に、美しい大自然に囲まれるなかで人々の気骨を感じる。
大自然と人の生き様の美しさのハーモニーが、この島の魅力を作り出しているのかもしれない。
周囲16.5km、面積3.68k㎡、粟島は上空から見ると船のスクリューの形をしているという。

また江戸時代から明治時代に北前船の寄港地でもあった、そして日本で始めての国立粟島海員学校
(明治30年~昭和62年)も開設され、かつては海運業界に多くの人材を輩出した。
廃校後は「粟島海洋記念公園」となっている。

 

「 粟島太郎 」

私がお世話になった民宿「粟島太郎」は宿主の松原秀直氏と奥さんとの絶妙のコンビで、訪れる者は魅了される。夕食時に時にはお客や住人などが集まって来て、杯を交わし美味しい食事を共にしながら、うんちくの深い会話を愉快に交わす。
私はここを人生総決算大学院と勝手に名づけた。

粟島太郎の予約電話は 0875847285 です。
    田中 田のブログを見たと言えば、きっと良い事がある
と思いますよ。

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粟島太郎の海の家から見られる海辺
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「海友荘」
この島に惚れ込んで海の家などを運営しておられる岩佐貴美子
さん。 この建物を訪れる人達や、少年少女達に解放して誠心誠意
の お世話をなさっている。

岩佐さんのパワフルな気概はこの島の若返りを強く後押しして
いる一つの大きな原動力ではないか!と思った。

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牧野雅子さん 大正12年1月1日生。
この島には牧野さんのほかに94歳になるご婦人がお二人居られて、それぞれ独りで普通に日常生活をされている
そうだ。

私がお会いさせて頂いた牧野さんは、西野幸男氏(昭和12年1月1日生)のご紹介でご一緒して頂いた。
昭和18年に香川県の観音寺市から嫁いでこられた、と言っても花婿は東南アジアに出征中でお互い顔を合わす
ことも無く 粟島に嫁がれ、終戦後は英軍の捕虜になってしまわれたために、通訳として現地に長く留まり、帰国後は
英語の教師と して奉職されて、残念な事に7年前にお亡くなりになった。
牧野さんとお話させて頂いていると、この粟島に信念を以って日々をお独りではつらつと生活されている姿に、私の
背筋はす~と伸びた。 お話の中からも島民のお一人としての伝統と誇りを感じる。

突然の訪問にもかかわらず、満面の笑みを以ってお迎えいただき、またお部屋も素晴らしく個性を感じるセンスが
あり、その一部を撮影させてもらいアップさせてもらったが、そのお部屋の様子から元気で長く変わらず生きる方の、
コツの様なものを感じる事が出来た。

そして、紹介者の西野氏は、ご自身のHPにもあるように粟島生まれの彫刻家で、お酒と粟島をこよなく愛しておら
れる 文化人でもある。 西野さんのHPでご自身が撮られた島の360度のパノラマ写真を見る事が出来る。

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今回私がこの粟島を訪れた目的は、高校時代の恩師で、 〈 弘 英正氏 〉を訪ねる事にあった。
76歳のときに西宮でヨットに惚れ込んで、モーターボートの免許も取られ 77歳にして、単独で粟島に移り住まれた
永遠の青年である。 ある時、「陸の生活をやめてヨットに住まいを移して日本中を回る」と言う手紙が来た時には、
さすがにびっくり仰天した。 それは確か76歳になられた時だったと思う。

しかし温厚なお人柄からは想像できないほど、逞しく頑固な人なのである、私は半信半疑だったのだけれど、健康と
体力だけは密かに祈ったし、出来れば止めてほしいとも願っていた。
既に粟島と西宮市の間を25フィートのヨットで難なく2往復されているが、粟島のベテランは「無謀だと思える事も平気
な顔してやってしまう人だ」と褒め言葉か警告なのかは分からないけれど、私は確かにそう聞いた。
今ではヨットは車がわりになっている様だ。
こんなに大胆な事をニコニコしながら楽しんでおられる姿に、ただただ尊敬の念を持つ。
同時にこれから、この始めての土地において生きていくという強い信念に、私にとっては想像をはるかに超えた人な
のである。
弘英正氏・京都大学卒業後国語の教壇に立たれ、同志社高校京都市)を最後に引退された。 ご自身の著作も
多数出版されているが、また弱視者用に辞書や有名な物語(星の王子さま・など)の出版多数でも知られる。

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〓〓〓 田中 田 Web写真集・・・写真紀行 その3 をご覧ください
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4 件のコメント “粟島 〔 香川県・三豊市〕”
  1. 村上 清子 のコメント:

    “大自然と人の生き様の美しさのハーモニー”
    このお言葉に全てが言い表されていると思いました。
    美しい海の一日の変化の美しさをお写真が見事に伝えてくれました。
    海 水 自然 凄いですね。美しいですね。穏やかであれば、、、、。自然は
    厳しさも合わせ持っている事を忘れてしまいそうな美しさです。

     そこに暮らすー生きるみなさんはとても良いお顔をされていますね。素敵なお顔をされていますね。
    羨ましいです。明るく健康的なのは言うに及ばず、どこか力が抜けていると言うか自然なんです。
    皆さん 志を持って生きていらっしゃるようにお見受けします。誰かに寄りかからず一人で立って
    生きていられますね。現代人が忘れかけている大切なものに気づかせて頂きました。
    元気が貰えます。食べ物も美味しいのでしょうね。良い事づくめ、、。
    都会に生まれ都会で暮らす私と同じ一生ですが心の動きなど随分違うのだろうと思いました。
    心の洗濯をさせて頂きました、有難う御座いました。

  2. 田中 田 のコメント:

    村上 清子様

    いつも見てくださってありがとうございます。
    粟島はほんとに魅力のある島です。感じていただいた通りの島です。

    人々は、四国からほんの少し離れた小さな島で住人のほとんどの60歳以上の方々が、
    少し、人恋しさも感じつつ助け合いながら且つパワーフルに生活しておられます。

    今の私たちは、たくさんの人達の間に居ても「人恋しさ」を失っている感があると思うのです。
    人恋しさというのは人間にとって大変重要な感情ではないのか、大勢の人に囲まれていながらも
    私たちは実はとても孤独ではないのか。。

    粟島の人々に少しの人恋しさの感情を抱きつつ生活を営んでおられるとすれば、島を訪れる
    人に対しても、島の中で生活されている人々の間においても、おのずと人を大切にする要素が
    人恋しさの中に含まれているように感るのです。

    ありがとうございました。

    田中 田

  3. yonyon のコメント:

    粟島タイムという時計があって
    その時計は、地球の自転とは無関係みたいですね。
    ましてや電波時計なんて、危険物かも。。。笑

    私たちは時間に縛られ忙しく生きているのに
    粟島の方の笑顔をみれば、その私たちより
    何倍も時間を生かせて、自由に生きていらっしゃる気がします。

    粟島は
    夜は夜で眠れず
    昼は昼で眠りたくない
    そんな魔力の息づくところ

  4. 田中 田 のコメント:

    yonyonさん

    その通りです、電波時計は少なくとも必要ないと思います。

    そういった時計が無くても、皆さんはそれぞれ自ら望まれる事に対して、確実にご自分のペースで

    そして重いよろいを脱ぎ、のびのびと生活して居られるようでした。

    コメントありがとうございました。

    田中 田

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