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アメリカ村」の生みの親は、大阪島之内出身で、空間プロデューサーでかつ実業家の日限萬里子(ひぎりまりこ1942年~2005年)がここの一角にお店を出したことから始まり、若者の支持を集め発想豊かな若者達が集まってきて、自然発生的に有名な名所になってきた。

 

アメリカ村が軌道にのり人々が集まり始めた1987年には、日限萬里子は大阪での新しいコンセプトでビジネス地区の南堀江にクラブ-LIFE、1990年に-QOOを出店し、その後の斬新な感覚のクラブやカフェの火付け役となる。1998年に堀江公園付近にカフェ「ミュゼ大阪」を出店、南堀江の新しい町作りの発信源として、2000年代に堀江地区に多くの路面店・雑貨店・カフェが集まるきっかけとなった。

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僕が訪れた時には若者達の自由な発想が、思い思いのいでたちで闊歩していたのだが、まったく不自然さはなくて堂々と自己主張していたのには、むしろ心地よさと希望を感じた。
お年よりも、赤ちゃんを連れたお母さんも、車椅子の人も、外国の若者たちも、そこで働く人たちも、この村の一員だ。

三角公園(御津公園)でスカウトされ、DJや芸能人が誕生しているとも聞く。 大阪市の南にあるアメリカ村のクリエイティブな異空間で、心が解き放たれるのを体感する不思議な場所だった。
なんば経済新聞で詳細なニュースも発信している。

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よろしかったら田中 田 Web写真集 写真紀行 その2 アメリカ村 10/7/17 をご覧ください 

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