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鉄道の廃線と聞くとなにかロマンの薫りが漂う。
ここは西宮市、宝塚市にまたがって5kmにわたるJR福知山線廃線跡だ。1986年複線電化に伴って生瀬と道場駅間が現在の線路になり、旧線は廃止された。
武庫川渓谷に沿って貴重な植物も残っており、美しい四季の変化が楽しめる所だ。
宝塚市が武田尾駅から南約1キロの廃線跡をJR西日本から無償で借り、自然公園「桜の園」として整備し桜の名所にもなっている。
実際に歩いてみると、枕木も当時のまま残っており、トンネルもいにしえの趣をしっかり残していた。
多くの人々がここを列車に乗って往来した当時が目に浮かぶ様で、想像すると楽しい。。

〓〓〓 よろしかったら田中 田 Web写真集 写真紀行 その2  廃線、武田尾駅 10/3/22をご覧ください slideshow-n
6 件のコメント “廃線 JR武田尾駅〔宝塚市〕”
  1. ATTIC のコメント:

    先日は、ありがとうございました。
    今年は、家の横の公園の桜を撮らせて頂きます。

    RCとは違い、レンガを積み重ねて作った厚みは独特ですね、初めてトンネルにロマンを感じました。

    少し前に、亀岡から縦貫道を抜ける際に、大変な混雑に逢った事が有ります。ふと天井を見上げるとRCが激しく痛んでいるのを見てゾッとした事を思い出しました。

    それよりも遥か昔に作られた工作物が何トンもの荷重を支えつつ未だしっかりと存在している事に、少し感慨深いものが有ります。

  2. 田中 田 のコメント:

    ATTIC さん こんばんは

    昔の土木構造物はとても丈夫に出来ています。 前に新潟で大きな地震があったときにも新しい橋梁は落ちたのだけれど

    昔のものは残ったと聞いています。

    それは昔の技術者は経験と勘で万全のものを建造しようとしていた、現在は経済設計をコンピューターで出来るので

    その計算どおりの構造物を作り、結果的に自然の力が上回るともろくも破壊される、と言うことのようです。

    まことに昔のこのようなトンネルにも、当時の技術者の労苦を感じ、いま我々はロマンを感じますね。。

    土木構造物は常に自然の力との神聖で残酷な戦いです。

    コメントをありがとうございました。

  3. 村上 清子 のコメント:

    田中 田さん

    味わい深いお写真毎日楽しませて頂いております。

    枕木一本一本にトンネルのレンガ一個一個に語りかけたい思いにかられました。この季節、春を伝える写真は

    一杯目にしますが自然公園「桜の園」の趣は一際美しいものでした。。

    人口的なものと自然の調和、時の流れの無情、はたまたその美しさどれをとっても仰せのようにロマンがあり

    郷愁を誘われました。

    又昔の土木構造物としても貴重なものだと教わりました。言い方は間違っているかもしれませんが私は

    ”手仕事の美しさ”を感じました。

    お写真の中に入り込んで「桜の園」を隅々まで楽しませて頂きました。

    こんな自然公園を紹介してくださった田さんに感謝しています。何時もの事ですが「その切り取り」

    妙にうっとりしております。

    そして、宝塚市も洒落た事をしましたね。発想に拍手です。

    有難うございました。

  4. 田中 田 のコメント:

    村上 清子 さん

    お久しぶりです、閉鎖されるかもしれないと言うニュースもあって、武田尾駅にある廃線に行ってまいりました。

    あのトンネルなどを維持されるためには費用が要ると思います。全てがお金が絡んでくるこの社会は経済が

    下り坂にいる日本人にとっては少々不慣れな事ではありますが、そこは日本人の底力である「知恵と誇り」によって

    力の収束が計られることを心から願いたい気持ちです。

    そう言うことはさておいて、この廃線を歩いてみると強い郷愁を感じました。石炭を焚いてボコボコ煙を吐いていた

    列車を思い出しました。

    いつもコメントをありがとうございます、感謝申し上げます。

    田中田

  5. maki のコメント:

    トンネルのアーチがとてもきれいですね・・・。
    かつて・・ 昔の風景が心地よくよみがえってきそうです・・・。
    また、写真の中に物語を感じたりもしました。

    心に残る写真でした。

  6. 田中 田 のコメント:

    maki さん

    こんにちは、見て下さってありがとうございます。

    こういう構造物は全国にはたくさんあると思うのですが、ここの廃線とトンネルは多分昔僕自身京都府の北の方の町

    に行く時に乗っていると思います、もちろん景色などは何も記憶していませんがこの福知山線には多くの人々のたくさん

    の物語を乗せて走っていたと思います。

    ありがとうございました。

    田中田

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