投稿者: 田中 田, カテゴリ: 写真集
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3月1日、京都府木津川市の不動川で紹介した オランダの 土木技術者のヨハネス・デ・レーケの指導による石積堰堤と 同様の、鎧(よろい)ダムが滋賀県大津市にあった。 デ・レーケは日本の砂防ダムの基礎となる思想や工事の体系を 構築した技術者である。 そのダムを見たくなってカメラを持って出かけた。
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大津市の有名な南郷洗堰から東へ約5km位のところにある。 途中から天神川の川辺をゆっくり車を走らせ、車を迎不動へ停めて、川を飛び石ならぬ岩の上をポンポンと渡ったところに鎧ダム(鎧堰堤)への入山口があり、いきなり登り始める。 間もなくオランダ堰堤(迎不動堰堤)-平成12年完成-に出る。 花崗岩の自然の造形美に囲まれながら、山の匂いを心地よく吸い込み沢沿いの細い道を歩くと いうか登っていく。。。。。
《オランダ堰堤は南郷洗堰と共に(社)土木学会より関西の土木遺産に認定されている 》
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時には、沢を渡ることもあり濡れている岩は滑りやすく初心者 には スリルもある。 実は二度尻餅をついてしまった。 しかし、この日は晴天にも恵まれて心身ともにリフレッシュ していることを感じ、快適!
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鎧ダムに到着、初めに見られるのは日本の典型的な コンクリート製の砂防ダム(新鎧堰堤)、そのすぐ上流に目指す 鎧堰堤(明治22年-1889-に完成-田邊義三郎が設計)がある。 デ・レーケは明らかに水理学にかなったデザインを採り入れ 人々がなじむように造っている。 上部は広い砂の広場であった、そこは透き通るような小川が サラサラと砂の上を這うように流れていた。 その広場は、阿弥陀河原と呼ばれ当時は水が満々としていた ダム湖で阿弥陀池と呼ばれていたようである。 岩の風化で砂礫と化した土砂が池に流れ込み堆砂して、河原 になった。 砂防ダムの役割はしっかりとはたしていた。
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田邊 義三郎 1873年( 明治6年 )よりドイツに留学、ハノーバ州工芸大学にて 土木学を学び1881年(明治14年)卒業、8年半に渡る長期滞在後帰国し内務省に勤めた。各地を歴任し、1885年(明治18年) には草津川水源地に出張し、またオランダ堰堤と似た形状をし た天神川流域の鎧堰堤や野洲川流域の大山川堰堤の計画設計を行い、1887年(明治22年)施工されたことが知られており、 オランダ堰堤の設計にも強く関わったと伝えられている。
● 写真集は天神川から鎧堰堤まで順を追って撮った。
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_/_/_/ よろしかったら 田中田Web写真集・・・自然とのふれあい その2をご覧下さい。

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このエントリは 2009 4月 14 1:01:50 に投稿され、写真集 以下にファイルされています。 あなたは RSS 2.0 フィードを通してこのエントリへのレスポンスを取得することが可能です。
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2009 4月 15 8:55:47
おはようございます。
鎧ダム、素敵なところですね。
湖南アルプスの登山道の一角にあるみたいなので、是非これはキャレンジせねばいけません・・・
夏場も涼しそうで気持ちよさそうな感じですが、ヤマヒルなどが居たりすると怖いです。
田中さんが、転ばれただけあって、本当に自然がそのまま残ってるような登山道ですね。
大きな岩や清流、そういうところを歩かれて、清々しい気分になられたのが、お写真を拝見してよくわかります。
また、素敵なお写真楽しみにしています。
2009 4月 16 21:42:13
yonyon さん こんばんは!
いつもコメントをありがとうございます!
鎧ダムは僕のように土木工学を学んだ者には、明治の初期の事柄が分かって別の意味での感慨を覚えます。
また、この日は天気も良くてとても気持ちよくダムまで往復しました。
僕のようにこの程度でヒィヒィ言う者ではない人なら、もっと周りの景色も楽しめたと思います。
機会があればぜひお出かけ下さい!
2009 4月 18 21:35:14
拝見しました^^
福岡は、はやくもツツジとフジが満開の初夏となりました。
青空の下、澄んだ水と石がすてき~、いろいろな所があるんですね。
でも、こんなゴロゴロを歩いたのはすごい、尊敬です。
オランダはアムステルダムだけ行きました、町じゅうが運河で
水と密接の生活なので、設計する人にも影響しているのでしょうね。
またお邪魔させていただきま~す^^
2009 4月 18 22:59:38
ゆうこ@福岡さんこんばんは
コメントをありがとうございます!
今年の桜は福岡が一番だったそうですね、今日TVで言っていました。
今はすっかり散ってしまって、八重桜だけが見ることが出来ます。
そうですか、ツツジとフジが満開なのですか!
やはり早いのですね。
アムステルダム、運河の町ですか!いい被写体でしょうね!
行ってみたいです・・・。
デ・レーケも田邊義三郎もきっとなにかの影響を受けているのでしょうね。
ぜひ又コメントをお待ち申し上げます。